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  「ボクシング世界戦百景」を目指して?!

2024年11月27日

 11月23日、名古屋市内のホテルで開かれたパーティーに参加した。「矢吹正道IBF世界ライトフライ級世界タイトル奪取祝勝会」。10月12日に愛知県国際展示場で行われたプロボクシング世界戦でチャンピオンのシベナティ・ノンシンガ(南アフリカ)に9回TKO勝ちし、2度目の戴冠を果たした矢吹正道(LUSH緑)を祝う会だ。

 参加者はジム関係者や弟の力石政法(大橋)ら138人。矢吹がいつも入場曲に使っている「ヒーロー」を歌手の麻倉未稀が熱唱する中、矢吹が国際ボクシング連盟(IBF)の赤いチャンピオンベルトを肩から掛けて入場し会場を盛り上げた。

 3年前、世界初挑戦で難攻不落の当時WBC世界ライトフライ級王者・寺地拳四朗(BMB)をTKOで破って王座に就いたものの、ダイレクトリマッチで初防衛に失敗した後、アキレス腱断裂の大ケガに苦しんだ矢吹。ラストチャンスと位置付けた試合で勝って見事に別の団体の王者に返り咲いたのだ。

 ノンシンガとの試合は慎重な試合運びに徹する矢吹の戦法が目立った。相手の強打を警戒し、左のジャブを執拗に繰り出して勝負どころを伺った前半から中盤。8回終了間際にダウンを奪い、次の回にパンチをまとめて王者の戦意を喪失させて勝負を決めた。

 ラウンドとラウンドの間、1分のインターバルでは椅子に腰かけず立ちっぱなしだった矢吹。トレーナーの加藤博昭は「緊張感を寸断したくなっかったんだろう。結果、最高の集中力で勝った」と振り返った。

 私が矢吹の試合を観戦したのは日本王者時代から数えて6試合目。拳四朗に負けた試合は京都に見に行った。所属するLUSH緑ジムとは、緑ボクシングジム時代に試合中継でお世話になり、飯田覚士や戸髙秀樹の世界戦を実況したころからの縁がある。

 30年前、局アナ時代に上司から「ボクシング担当」を言い渡され、仕事としてボクシングと関わることになった。そして、そのまま一人の「ボクシングファン」になった。それまでも世界戦がテレビで放送されるときは見ていた。大場政夫、柴田国明、輪島功一、ガッツ石松、工藤政志、具志堅用高。ただ会場に足を運んだのは社会人になってからだ。

 初の生観戦は昭和の終わりに名古屋で畑中清詞(松田)が世界に初挑戦したヒルベルト・ローマン(メキシコ)戦。父親と名古屋市総合体育館の2階の5,000円席。その次はマイク・タイソン(アメリカ)がジェームス・ダグラス(アメリカ)にダウン合戦の末にKO負けして世界に衝撃を与えた試合だった。1990年に東京ドームの2階席でこれも5,000円。この試合を見た3か月後に保険会社社員からアナウンサーに転身した。

 仕事では飯田の初挑戦から王座奪取の世界戦全6試合、戸髙の初防衛戦など世界戦は10試合実況する幸運に恵まれた。当時は取材やプライベートでボクシングを観戦しまくった印象がある。

 そこで、過去の手帳を手繰って、自分が「世界タイトルマッチを何試合取材・観戦したか」を調べてみた。36年間で82試合、思ったより多かった。東京・大阪、住んでいる名古屋。海外もタイや韓国に事前取材として行かせてもらった。タイは屋外の運動場やホテルの大広間が会場だった。タイで見たボクシング興行は政治家が興行を買い取り、地元有権者を無料招待して行うスタイル。両選手入場後に政治家がリング上で延々と演説した後にゴングという日本では考えられない進行で選手が気の毒だった。

 今年、タイソン衝撃のKO負けから34年ぶりのボクシング興行が東京ドームで開催された。井上尚弥(大橋)のスーパーバンタム級4団体王座防衛戦。20,000円のチケットを買って観戦した。試合はヒヤリとしたが最後は十分興奮させてもらった。ルイス・ネリ(メキシコ)は山中慎介(帝拳)を王座から引きずり下ろした試合も見ているので不気味だったが、ラストシーンは井手圧巻の猛攻だった。

 振り返って生観戦ベストマッチはどの試合だったか?場内騒然№1は1997年の大阪城ホールで辰吉丈一郎(大阪帝拳)がシリモンコン・ナコントンパークビュー(タイ)を破って王座返り咲きを果たした試合だろう。「ハチの巣をつついたような大騒ぎ」とはあのことだ。

 最も嬉しかったのは同じ年、日本人世界王者誕生を唯一生放送で実況できた1997年の愛知県体育館。ヨックタイ・シスオー(タイ)に飯田覚士(緑)が挑戦し判定勝ちした試合だ。その8か月前、同じカードで飯田が優勢ながら引き分け判定で王座奪取を逃した試合の再戦だったことが大きかった。第1戦で奮闘する飯田の戦いぶりにボルテージが上がり切った私の絶叫が、他局であるテレビ朝日「ニュースステーション」のオープニングでそのまま使われて驚いた。

 衝撃度ではタイソン陥落と井上尚弥があっという間にオマール・ナルバエス(アルゼンチン)をKOして初の世界王座に就いた東京体育館の試合かな。試合開催に向けた入札からヒートアップした薬師寺保栄(松田)対辰吉丈一郎のWBC世界バンタム級統一王座決定戦は、会場の熱気も異様で試合も期待に違わぬ好試合で盛り上がった。10,000円の席で見た。もうあの試合から今年で30年も経ったんだ。

 残念だったのは3年前。さいたまスーパーアリーナで行われたIBF・WBA世界ミドル級統一王座決定戦、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)対村田諒太(帝拳)のスーパーマッチだ。この試合は自身最高額の50,000円のチケットを事前購入して楽しみにしていた。ところが直前に妻が新型コロナの濃厚接触者になってしまい、当時の会社のコロナ対応規定で外出ができなくなってしまった。泣く泣く観戦を諦め、東京在住の娘にチケットを郵送するという無念の展開となった。娘は「最高だった」と喜んでいた。私のコロナ禍最大の実害だった。

 目標は生涯100試合。「ボクシング世界戦百景」は達成できるだろうか。名古屋勢、頼むよ!                          (敬称略)