2025年10月10日
東海地方唯一の常設寄席、大須演芸場が地元企業や商店街、有志の尽力で再生されてから10年。10月1日~10日まで「新生 大須演芸場 祝 十周年記念興行」が開催されました。
ここ5年程、寄席通いを趣味にしている私は大須演芸場の「大須応援団友の会」会員でよく定席(毎月1日~7日)を見に行っています。10月は10周年記念ということで豪華ラインナップが組まれ、私も2日と8日に足を運びました。2日は桂文枝、笑福亭仁智、マギー審司らが、8日はおぼんこぼん、ザ・ぼんち、江戸家猫八らが満場の客席を沸かせました。
大須演芸場は60年前の1965年(昭和40年)に開場。オープンを報じる新聞写真を見たことがあります。写った看板を見ると初日のトリは「漫画トリオ」だったようです。「パンパカパーン、今週のハイライト!」と勢いよく時事問題をネタにしていた人気三人組(横山ノック・横山パンチ→後の上岡龍太郎・横山フック→後の青芝フック)です。東西の人気芸人が連日舞台に立ち、活況を呈した時期もありましたが、放漫経営から赤字に転落し、若手芸人や無名芸人に頼らざるを得なくなったことで閑古鳥が鳴き始めました。そんな経緯もあって、我々名古屋市民にとって大須演芸場のイメージは長らく「汚い」と「客がいない」さびれた場所でした。
私が初めて大須演芸場に足を運んだのは20年以上前だったと記憶しています。客は私のほかにおばあさんが1人。そのおばあさんがよく笑う人でした。ところが、途中で突然帰っていまいます。私が唯一の客となってしまい、楽しむために来たのに居心地の悪い苦痛な空間になりました。
それでも芸人たちは奮闘していました。「三波伸介の弟子」と称する波たかしは「修学旅行生が客席にいて全員がゲーム機に夢中で全く聞いてくれなかった」と嘆き節で笑わせ、名古屋弁でまくし立てる伊東かおるという漫談家も面白かったのです。
客一人という状況は珍しくなかったようで、若手時代に大須の舞台を踏んだ明石家さんまが「今日も客なし、明日は」と落書きした壁板が今は入口に貴重な歴史的資料⁉として展示されています。
記念興行中は毎日「記念口上」が行われ、芸人が大須演芸場への愛着と感謝を口にしました。桂文枝は「昭和41年に師匠に付いて来てここで10日間泊まりしました」と59年前の思い出を語りました。
「その10日間、古今亭志ん生さんが出ておられて、毎日聴けたことがその後、大いに役立ったんです」とのこと。82歳の文枝が伝説の落語家と交差した話を聞いて、東西の多くの芸人が集まるこの演芸場の存在価値を実感した次第です。高座では新作「ちりぬるおはか」で幽霊の手ぶりも交え、歳を感じさせない熱演で楽しませてくれました。
8日の口上は東西のベテラン漫才コンビのおぼんこぼんとザ・ぼんち(ぼんちおさむ・里見まさと)が登場しての「名古屋トーク」は大いに盛り上がりました。おぼんは「芸どころ名古屋」と呼ばれることについて「名古屋のお客さんは厳しい。だから以前から芸人の間では『新ネタは名古屋でおろす。名古屋で受けたら大丈夫』と言っていたもんなんです」と持ち上げて拍手を浴びました。里見まさとが「名古屋はお伊勢さん(伊勢神宮)が比較的近く、東西の文化が交わる土壌や三河万歳の存在も関係しているんやないかな」と客席を頷かせていました。
東西漫才界の大御所2組のトークは止まりません。おぼんは「昭和43年に大須演芸場に来たときは『コント55号』(萩本欽一・坂上二郎)と一緒やった。ものすごい人気で通路も全て客で埋まり、急遽近くに別会場を設けてもう一席やったくらいよ」と、当時の欽ちゃんと二郎さんの爆発的人気を回想。「大阪から同期の『若井小づえ・みどり』が来ていた。昔は『小づえ・ひとみ』やったんよ」と言えばすぐにまさとが「あれはな、当時、日活に同名の『若井ひとみ』という女優が出てきて改名せざるを得んかったんや」と真相公開。ザ・ぼんちは今年実施した全国ツアーのスタートを大須演芸場にしたのは「我々のデビューの場所やから、原点の大須から始めたんです」と明かしました。
4人は舞台から場内の方々を指さしながら「ここの2階は畳でしょ?演芸場の中で寝泊まりしたんや。あの辺で寝て、食堂もあった。3食付きやった。あの辺に風呂場もあった」と懐かしそうでした。笑いを交えながらも大須演芸場への感謝と敬意があふれていて、口上という極上のトークショーを見せてもらった感じでした。おぼんこぼんは大阪の福島商業高校(現 履正社高校)の同級生、ザ・ぼんちは興国高校の同級生とのこと。奇しくも高校野球の名門校から東西漫才界を代表する名コンビが生まれたわけです。
もちろん舞台も大満足。おさむのベクトルが狂ったボケとまさとのツッコミに爆笑が続き、おぼんこぼんの本場仕込みのタップダンスとエノケンヒットメドレーに手拍子が巻き起こる楽しいものでした。
記念興行には他にも三遊亭好楽、林家三平、林家たい平、春風亭昇太、林家木久扇、柳亭市馬、林家正蔵、三遊亭円楽、桂文福、桂米團治、柳家さん喬らが登場。3日にはナイツも漫才を披露し、翌日のラジオ番組で「大須演芸場に久々に出た」と報告していました。
これからも私は大須演芸場に通います。「何か面白い演芸が見られそう」という期待感だけで。
(敬称略)